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フェラーリ250GTOやランボルギーニムルシエラゴのエンジンを作ったジョット・ビッザリーニ氏死去


元フェラーリのエンジニアでランボルギーニ最初のV12エンジンなど設計したジョット・ビッザリーニ氏が2023年5月13日に96歳で亡くなっていた事が発表されました。

彼は1957年にフェラーリに入社しフェラーリ250GTOの開発に携わり、その後ランボルギーニのV12エンジンを開発しました。
ジョット・ビッザリーニ1 2023-5-19


ジョット・ビッザリーニ3 2023-5-19
フェラーリ250GTOを開発中のジョット・ビッザリーニ(白い帽子の青年)
彼は1953年にアルファロメオのテストドライバーとして入社し、1957年位フェラーリにヘッドハンティングされチーフエンジニアとして数々のフェラーリを開発しました。
1961年にエンツォフェラーリと揉めてストライキ後に会社を辞め独立、1962年にフェルッチオ ランボルギーニからエンジンの設計を依頼されSocietà Autostar を設立し、1964 年に社名をBizzarriniに変更してレーシングマシンやスーパーカーを製造していました。



ジョット・ビッザリーニ2 2023-5-19
ジョット・ビッザリーニ(左)、フェルッチオランボルギーニ(真ん中)、ジャン・パオロ・ダラーラ(右)

ランボルギーニ製V12エンジンはビッザリーニが設計士1964年の350GTに初めて搭載され排気量は3.4リッターから最終的にはムルシエラゴLP670-4SVの6.4リッターにまで拡大されましたが、アヴェンタドールが登場するまで基本設計はに同じV12エンジンが搭載されていました。



ランボルギーニ・ムルシエラゴLP670-4SV
ビッザリーニ・ストラーダ 2023-5-19
Bizzarrini P538 2023-5-19
1969年に会社が倒産するまでルマン24時間耐久レースで大きな成功を収め、ビッザリーニ 5300 GT ストラーダやP538など名車も沢山生産しました。

彼が居なければ自動車界の聖杯とも呼ばれるフェラーリ250GTOは生まれなかったし、ランボルギーニ350GTからムルシエラゴまで搭載されていたV12エンジンは生まれませんでした。


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